ミュージシャンミュージアム
おはよう、今朝はだるいのん。
SHRAクン、起きた?
最近解散した「金棒」
もともとは「YMO」じゃった。
シンセサイザーで、生徒会長「シュウイチロウ」も入りやっていた。
時は198年代、ナメ猫や横銀、箱スカで箱乗り、トルエン、カップヌードル、キャンディーズ・・・Aちゃん、COOLS…
「たこやきぢぢい」は、ギターはともかく「リード」系芸人で。
カンワーの家の前を何回も通り、ヒロシが怒って。
「だ〜れだ、ありゃ、タシロか?」
「やばい、ヒロシが怒ってる。じょうしきねえな〜」って。
横の部屋では、タカシが「静かにしてくれい!」と、彼女とナニをしてるんだか。
当のギターリストは「俺んち前の公園で騒がんでくれ」と。
「はあ?てめーの公園じゃねえ!」ってブーチンが…
たっしーはきれいなシルビアにいい匂いさせて、「カワシビ」はシ○ナーとブ○、早稲田浪人を乗せて、大清水方面へ。
シルビアこげ茶色はエアロパーツにTRUST?マフラー、タコ足 Zエンジンはノーマルで 茶髪にリーゼント。
「ミカ、から リカまで」
カンワーは ホンダシビックCVCC RS 赤いボデーに白い屋根。
足回りはNOTサス(アブあり)、マニホールド終了地点「ちょい上」でカット。
「グランドファミリア」のグリルの横には、たっし―からぱくったシルビアの角目
天然ニグロを骸骨から生やし、肉体ゲンキ、ネタ:トレーシー
風呂で洗う時は、正座ですう。
本当はMINIが欲しかったんだが、ヒロシは「外車のるのか?お前はやくざになりてえのか?」とわけのわからん法律をふるまった。
当時流行ったのは「「広小路巡回」「こまにー」「カワカミ狩り」
「ゆうなよ、きくなよ、いわすなよ」の3原則をモットーに頑張っていた。
携帯は無く、アマチュア無線でつながりウろうろしていたんだ。
ギターの家族は、兄弟2 ベースもおなじ。
トピーのおやぢと自営のおやぢ。
たっしーのおやぢはオレの事を「かんまー」と呼び、かんわーのおやぢは「しゅんこー」とよんだ。
総長「鬼バカ軍曹 ぶーちん」の家に集まり、ときどき「としにい」が…
音楽は、テクノからGS、体育館からLIVEハウスへステージチェンジしていった。
ステージの下では、マッシュが「冷めた目」で死線を投げかけ、ヤジや空き缶、アツく泥臭い時間を過ごしていったんだ。
ミックジャガーを崇拝し、やり散らかしてきたGとBは、ボーカルを「糖尿のごっき」から「禿げかけの関」に変える。
[SEKI/BAND]の時代が来た。
カンワーはベンダーをサーフボードに持ち替え、たっし―は作業服から背広にかわった。
ともに「日産 ダットラ」に乗り込み「おい、しゅんこー、波乗りやれよ」といきがって見せた。
まばゆい照明の下、舞台上からみんなの視線を集め、応援、いやファン?
なにもなく、地味に生きてきたオレは、言うことを聞くことにし、SURFを始めた。
SURFINGは簡単で、あっという間に友達もでき、近辺の海はオレのものになった 笑)
「演奏はできんが、舞台は創れる」
「楽器は錆びるが、オレは錆びん」とばかりに、オールジャンルが集結し、夏の夜を彩った。
そんあ「先輩」らと肩を並べ、「死ぬまでROCK」魂をぶち込んできた「SHRくん」は今、どう思うんだろう?
NRちゃんとMYWK氏の5人で、怪しい空間は過ぎて行った。
TELにでた「カンワー」「よしか」は結局来ず、TELにも出んクソ野郎「マサタケ」
たっしーの禿げあがった背中がさみしく、たこ焼きのネタに醤油を入れてしまったMYWK氏、今回のゲストSHARAクン、永遠の角刈りMYWK氏、紅一点NRちゃんで、ヒトの悪口を語ることもなく、平日、水曜の夜は23:30お開きになった。
「バンドも大変だな〜、めんどくさくて」と思いながら、オレは寝た。
LINEが鳴った。
えりだった。
2/20 あいプラザ? けんさん??
「オレの話は誰も聞いちゃんくれねえ〜」って!
っち!!その前に、昨日仕入れた情報じゃ。
12/04(あいつらは土曜って言ってたが?)
ハウくれで、漫談があるらしい。
みんなに来てほしいらしい。
オレは、20名ほど担当らしい。
くそったれのみなさん、来てください。