月曜日ですね〜

 終わってしまった¥100BEER。

土曜日の激練で沈没したオレはAM11:00起床。

久しぶりに「波情報」を見てみた。
スネⅩの表示はもう一度オレを眠りに着かせた。

起き抜けに「どんべえ キツネそば」を食し、16:00まで情報の確認とTV閲覧。

 映画「ディフェンダー」が終わるとオレは浜に向った。
5周年感謝祭。
ぬまさん、大工さん いつもの顔ぶれだ。

 そこへ「あごなし」が登場。
グダグダと呑んでいるところにヤツは来た。

 ウエミヤタロウTM デタロウだ。
黒いTシャツに身を包み、得意のキャップで「鉢」を隠しカウンターに座ると「ちかちゃん、生。今夜はジ・ハードだ。」と言った。
 あごなしはその姿に「爆笑」と「賞賛」をたたえた。

 放射性物質「DT6」
1977年。人類は未曾有うのエネルギー不足に直面していた。

そのエネルギー不足に補うため、最新の科学を結集し新世代エネルギー。
クリーンなイメージとはほどとおい、不安定で危険な物質。
それは人間の手に負える代物ではなく、地球上に存在する「すべて」といっても過言ではない。
 「DT6」は自身の中央にぶら下がっている「燃料棒」を入れる「圧力容器」を探してここまで来てしまったようだ。
 ハイパーレスキューのオレはあごなし隊長のメイによりディス放水による冷却をし続けた。
しかし「DT6」は核分裂をし続け、基準値の1250倍のまきさん161とテイオウ321が検出された。
「浜の家」の汚染は基準値をはるかに超え、TELにより婦女子が来ると「DT6」の「燃料棒」が熱に耐え切れず溶解しはじめた。
そう、あってはならないコト「メルトダウン」が起きてしまった。
 そこに目をつけたまきさん161とテイオウ321も制御不能となり、あごなし隊長とオレは最後の力を振り絞り「冷却」を続けた。

 しかし・・・ 政府の要請で救助に駆けつけた米軍のMCB第6連隊、MRG第2小隊は壊滅。
事態を収拾すべく召集された「TEIICHI」もあっけなく崩壊した。

 こうなってしまってはすでに消防の力ではどうすることも出来ない。
オレは、あごなし隊長にこう要請した。
「隊長、大陸間弾道ミサイルトマホークワタナベの使用を許可してください!」と。

このとき、トマホークワタナベはまりことその家族で岡崎のIONモールに配備されていた。

 「DT6」の核分裂を抑えるべく作戦名は「浜の黄色い豚作戦」と名づけられ、100選練磨の傭兵、アフガニスタンで米軍に捕獲されてからは「子育て」に余念の無い「茶ゴリ」の愛称で浸しまれつつこの世をさった藤井幸二に祈りをささげ作戦の性交を祈った。

 しかし、「DT6」の上には放射性廃棄物LV15 トシヤ・スズキが貯蔵されていることが判明。冷却プールの20Lサーバーはあれよあれよというまに無くなっていった。

 私はかつての友人、戦友でもあるよしかとメイに応援要請を行った。
しかし、友軍は来ず。

秋山塾長の「全員突撃」の玉砕命令でオレとあごなし隊長は放水をやめた。

今回の作戦で藤井隊員を失ったのは非常に痛いが、それにもまして痛いのはツケがまた増えたということくらいだ。

 「DT6」の所在については以前消息不明のままとなり今もどこかで「放射能」を出し続けるだろう。

 みなさんも子供に「DT6」を見つけても声を掛けたり触ったりしちゃダメ!と教えて欲しい。

 明日の日本の為に。

えーしー